沖縄の難しい地名と漢字

55年 前

沖縄の苗字の歴史

特徴のある名字の方に「沖縄出身ですか?」と聞くと大抵当たることがあります。
沖縄旅行でホテルのスタッフの名札を読もうと思っても、う~む…と悩んでしまうことがあります。夏の甲子園を見ると、高校野球で出場している沖縄代表の生徒の名字は、本土ではほぼ聞かない珍しい姓が多く並んでいます。どうやら沖縄の名字には独特の法則があるようです。そして不思議なことに、難読地名と名字が共通して存在したりしています。

ここでは、沖縄にある独特な名字の成り立ち、地名との関係を掘り下げたいと思います。
沖縄にはおよそ1,500種類の名字があるそうです。しかしその歴史は意外にも新しいものでした。沖縄で住民が名字を持つようになったのは明治維新の後、1872年の「琉球処分」からで、ほんの240年あまりです。それまでの琉球王国では、王族・士族は姓を使っていましたが庶民には許されていませんでした。王族・士族は姓とは別に、家名という領地名も持っており、これが土地名から名字をつけた由来のようです。
現に、喜屋武(きゃん)・与那嶺(よなみね)・東江(あがりえ)・仲村渠(なかんだかり)我那覇(がなは)・渡嘉敷(とかしき)・安慶名(あげな)・金城(かねしろ・きんじょう、カナグシク・カナグスク)は土地名にもある名字です。これらはそれぞれの祖先がその土地にルーツを持っていたと考えられます。

顕著なのは、「金城」「玉城」などの「城」のつく名字です。これは、琉球時代「城(ぐすく)」と呼ばれる城跡が各地にあったことから残された地名です。しかし、読みは沖縄読みの「かなぐすく」「たまぐすく」だけでなく、標準語読みの「かねしろ」「たましろ」も混在しています。
地名と関連しない、本土でも聞かれるような姓もあります。しかし本土のようには書かず、漢字3文字での表記がほとんどです。「前田」→「真栄田」、「中曽根」→「仲宗根」、「福原」→「普久原」、「横田」→「与古田」、「船越」→「富名腰」などです。沖縄には約1,500種の名字があると述べましたが、その半数が三字姓とも言われています。
なぜこのような独特の表記になったのでしょうか?これには400年前の歴史が関係しています。

1609年、薩摩藩島津氏が琉球を侵攻し、征服しました。1624年には「大和めきたる名字の禁止」の通達を出し、日本風の姓は改められるか、当て字を換えて三字姓などに変えられました。これが三字姓の発端です。薩摩藩は琉球を支配下に置きながら、本土の人間と区別をつけるため(琉球を外国として演出するため)三字姓に改姓させました。中央幕府には“外国を支配した”と薩摩藩の影響力を誇示する目的もあったと思われます。その政策は徹底しており、当時王だった「中山王」に関係するから、と「中」の字も使用禁止となり、その字がつく姓の者は「仲」を使用することとなりました。「仲村」「仲間」姓が沖縄独自に見られるのは、こうした背景があったのです。

沖縄は、今でこそ同じ日本列島のいち地域という括りですが、その歴史は琉球人によって永く紡がれてきました。名字の成り立ちにも悲しい歴史が残されていることを知ると、現代の私たちが沖縄を「同じ日本」とひと括りにしてしまうのは乱暴に感じてしまうのは、少々感傷的過ぎるでしょうか。

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